私が「PR」という仕事を選んだ理由②
前回のブログに引き続き、私が局アナ時代に抱えていた葛藤について綴っています。
スマートフォン1台あれば誰もが発信者になれる時代において
あらゆるSNSが台頭し、選びきれないほどのコンテンツが溢れる中で
タレントでもフリーアナでもなく『局アナ』として『名久井麻利』が出来ること
すべきことは何だろう?
という問いは、答えを見つけるにはあまりにも大きな問いでした。
「ラジオを聞いて下さる方が”1人じゃない”って思ってくれることかな」
「あらゆる分野の専門家にインタビューして届けられることだろうか」など
その都度、自分なりの答えを見つけようと努力しましたが
見つけたと思った答えは、すぐに打ち砕かれる…そんな日々が続きました。
「働く」ということが大好きで
妻でも母でもない「自分」として社会と繋がり、誰かの役に立てることが生き甲斐なのに
自分の職業に疑問を持ちながら出社するのは、とてもとても辛かった。苦しかった。
今でも当時のことを思い返すと、心が鉛のように重くなります。
こうしてキャリアチェンジを真剣に考えるようになった時、私は今後の人生を決める
運命の言葉と出会うのでした。
続く